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自由になりたいなら抗わないこと

皆さんは、「自由になりたい」「自分の思うように生きてみたい」と思うことがありますか?

「自由」って魅力的ですよね。嫌なことはしないで、自分の好きなこと、やりたいことを好きなだけ、制限なくやれたらどんなにいいだろうって、一度は考えたことがあると思います。

私もまさしく「自由に生きてみたい」という気持ちで、看護師の仕事を辞めヨガ講師として活動していました。フリーランスとして活動している間は、まさに自由に会いたい人に会ったり、学びに行ったり、自分が必要だと思うこと、すべてを自分の基準で行動していました。

さて、それで自由になれたか、というと、資金が尽き、看護師の仕事を再開することになりました。

一時的には自由を謳歌できたかもしれません。でも結果的には好きな仕事で食べることはできず、食べていくための仕事で大半の時間を埋め尽くす生活に戻ることになりました。全然自由を感じられません。

この結果はとても受け入れがたいものでした。自由に過ごしていただけに、自由を奪われたしんどさは想像以上でした。

ここでヨガ哲学の学びが私を助けてくれました。

「本当の自由は、制限を制限と感じないこと」

生きていると色々な制限が立ちはだかります。人生思う通りにならないことばかりです。一言によく言う言葉。本当に挙げればきりがないほど足をとられることばかり。

例えば、急いでいるのに信号が赤になった。渡りたいのに車が止まってくれない。電車やバスが激混みで不快。希望の日に休めない。観たいライブのチケットがとれない。子どもが言うことを聞かない。夫が手伝ってくれない。お金がない。時間もない。ないない・・・・

「こうしたい」のに「思うようにならない」その現実が受け入れがたくて、不自由を感じる。実は、これらの制限を作り出してるのは私たちのココロ。それならば「こうしたい」をなくせば「思うようにならない」という現実もなくなるのです。

叶わない苦しみを味わうことがないように、最初から願わない、贅沢は言わない、希望を持たない、というのにも似ていますが、ちょっと違う、根本的な考え方のように感じます。

ココロはポチという話を以前しました。私たちのココロ(ポチ)は、思うようにならないことがあると、抗おうと頑張ったり、嘆き悲しんだり、落ち込んだり、私たちの肉体を操ります。でもポチの好きにはさせません。

思うようにならないことがあった → 自分の中の制限に気づく → どちらでもいいという考えを持つ → 制限ではなくなる → ポチが静まる → ココロ穏やかでいられる

この「どちらでもいい」という考えを持つために大切なこと、それは「自分を大切に扱ってほしい」という気持ちを鎮めることです。誰しも自分が一番かわいいから、大切だから、好条件のもとで生きられればと思ってしまうんですよね。その好条件が多くなればなるほど、制限が増え、叶わないことが多くなり、自由から遠ざかっていく。

こんなふうに考えてみるのはどうでしょうか?

急いでいるのに信号が赤になった → 信号待ちしても間に合う、間に合わないのならもう少し早く出ればよかったなぁ → 慌てなくても意外と間に合うという新たな現実に遭遇し学ぶ

渡りたいのに車が止まってくれない → みんな自分のことが可愛くて他人に目を向けられないんだなぁ、私は「お先にどうぞ」してあげるね → 自分のために止まってくれた車に心から感謝できる、うれしい

電車やバスが激混みで不快 → 乗れただけ良かった、空いてるほうがいいという思い込みかもしれない → みんなしんどいんだ、運転手さんもがんばってるんだ、運んでくれてありがとう

希望の日に休めない → この先ずっと休めないわけじゃない、どうしても休みたい日はなんとしてもお願いしよう → 意外とちゃんと休める現実、または、腹を決めていたのでしっかり自分の意見を言うことができる

観たいライブのチケットがとれない → 今回はこ゚縁がなかった、また機会はある → 他の観たいチケットが回ってくることも

子どもが言うことを聞かない → 言うことを聞いてほしいのは自分が気持ちいいから → 子どもがちゃんと意思表示ができるのはいいことかもしれない

夫が手伝ってくれない → 自分の頑張りを認めてほしい → まずは夫の頑張りを認めてあげるべきかも?

お金がない、時間もない → お金や時間があればもっと自由に楽しく幸せになれるという囚われかもしれない → ほんとにない?自分の生活をしっかり見直してみよう

こんなふうに見方、考え方を変えるだけで、意外と予想に反した展開が待っていて、学んだり、視野が広がったり、嬉しい発見があったりするものです。

私ごとですが、久々のフルタイムのお仕事、突然の部署異動、やったことのない分野の仕事、365日休みなし、まもなく異動なのに何も情報がおりてこないなど、不安要素が多い状況です。

ポチがたびたび発動します。そのたびに「自分を大切に扱ってほしい」気持ちに気づきます。好条件で働きたいという願い。「こうしたい」が「思うようにならない」制限に気づき、制限を制限と考えないようにポチを躾けています。

自分を取り巻く環境に不満を言っても変わらない、本当に嫌なら逃げ出せばいい。それまでは抗うことなく、制限を受け入れ、大丈夫な自分になっていくこと、それがココロを自由にする近道であると感じます。

皆さんのココロにかけてる制限はどうですか?